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「あだちベジタベライフ」
東京都足立区、自然と野菜を食べやすくなるまちづくり
2025. 06. 13
70万人を超える区民が暮らす東京都足立区は、「住んでいるだけで自ずと健康になれるまち」をめざしています。その取り組みの一つは「あだちベジタベライフ」。自然と野菜を食べやすくなる環境づくりは、地域のまちづくりにもつながっています。区衛生部長の馬場優子さんと区エリアデザイン計画担当課長の大越精二さんにお話を聞きました。
――野菜をたくさん食べようという呼びかけは国や各地の自治体でも進めています。
足立区のベジタベライフはどのようにスタートしたのですか?
足立区は、2001年度に区民の健康づくりを進める行動計画「健康あだち21」をつくり、子どもの生活リズムの改善や健康づくり推進員を増やしたりする取り組みを進めてきました。それでも、総花的な対策だったこともあったのか、10年ほどたっても区民の健康寿命が東京都の平均より約2歳短いという状況にありました。
一つの転機になったのが、2012年8月にあった東京大学による「まちと家族の健康調査」の結果報告会でした。これは住民の生活環境と健康状態との関係を分析した調査なのですが、区内にも社会格差にあわせて、健康な人とそうでない人との健康格差があることがデータで示されたのです。さらに2012年度から13年度にかけて10年間の区民の健康状態や健康に対する意識をあらためて精査したところ、①足立区国民健康保険の医療費では「糖尿病」「腎不全」が毎年上位にある②糖尿病の1人あたりの医療費が23区内でもっとも高い③特定健診で糖尿病と診断されても約4割の方が未治療のままで、重症になるまで対処しない、という実態が浮き彫りになりました。

そこで、健康に対する個人の関心度に左右されずに、足立区に住んでいれば自ずと健康になれるまちづくりに取り組む必要があると考えました。まず、重点的に向き合ったのが、糖尿病対策です。食事や運動、教育、睡眠などが予防や治療法として大切なのですが、区が注目して力を注いだのは「野菜から食べること」です。「あだちベジタベライフ」と名づけたプロジェクトを始めました。
――どのような取り組みをしているのですか
ベジタベライフでは基本方針を三つ立てました。一つ目は「野菜を食べやすい環境づくり」。国が掲げる野菜摂取目標は1日350グラムですが、当時の足立区民の推定野菜摂取量は254グラム(2013年区独自調査)。特に野菜を食べる量が少ないと分かった20代、30代の男性は外食や中食が多く、区内の飲食店に協力を求めて「あだちベジタベライフ協力店」の登録を始めました。これは、とんかつやオムライスを頼んでも食前にミニサラダが出てくるように工夫した「ベジ・ファーストメニュー」や、1回の食事で1日の野菜の必要量の3分の1となる120グラムの野菜がとれる「野菜たっぷりメニュー」などがある店舗です。

居酒屋には、お通しに野菜スティックを出すよう呼びかけたり、青果店やスーパーには、単身生活者でも食べやすいよう野菜の小分け販売やカット野菜の商品化を促したりもしました。区役所の地下食堂では野菜を多く使ったベジタベランチを提供しています。ベジタベライフの協力店を区のウェブサイトで紹介していますが、25年3月末時点で971店にまで増えました。

馬場優子さん
基本方針の二つ目は「子どもの頃からの良い生活習慣の定着」です。大人になってから生活習慣を改善するのは容易ではありません。「一口目は野菜から」などの声かけによって、食習慣づくりに取り組んでいます。中学卒業までに身につける「あだち 食のスタンダード」もつくりました。①1日3食野菜を食べる②栄養バランスの良い食事を選択できる③簡単な料理を作ることができる、が三つの柱です。全員が中学を卒業するまでに一人で「ご飯が炊ける」「インスタントに頼らずみそ汁が作れる」「目玉焼き程度のフライパン料理を作ることができる」ようになることを目指しています。
三つ目の基本方針は「重症化予防」です。その取り組みとして、まずは区民が薬局の店頭で糖尿病の検査「ヘモグロビンA1c測定」をワンコイン(500円)でできるようにしました。その場で指先からごく少量の血液を採取し、6分程度で糖尿病の疑いがあるかどうかが分かります。日中は仕事で忙しい方々に向けては「スマホdeドッグ」も実施しています。スマートフォンやパソコンから検査キットの送付を申し込んでもらい、自分で指先から少量の血をとり、郵便で返送してもらうと1週間程度で検査結果が判明します。いずれも、検査結果次第で医療機関の受診をすすめています。また、特定健診で糖尿病と診断されながらも受診していない方には、保健師が訪れて個別指導することもあります。
――これらは具体的に成果として現れているのでしょうか?
都と足立区の健康寿命の差は20年時点で男性は10年前よりも0.14歳、女性は0.32歳縮小しました。また、区の世論調査では、野菜を食べる習慣だけでなく、健診の受診率や喫煙習慣、運動習慣も改善してきています。17年には厚生労働省主催の「健康寿命を伸ばそう!アワード」で「あだちベジタベライフ」が健康局長優良賞を受賞しました。19年にはOECDの報告書で足立区の取り組みが「世界最高水準に近い」との評価を受けています。
区民の健康への意識の高まりとともに、これまでの施策がハード面のまちづくりにもつながっています。区南西部にある「江北地域」では、東京女子医科大学附属足立医療センターの誘致にあわせて、健康をテーマにまちづくりを進めています。
25年4月には、医療・介護・健康づくりの新拠点として「すこやかプラザあだち」がオープンしました。60歳以上にむけた健康教室「健康リスタート事業」を始め、施設に立ち寄った方が気軽に健康チェックできるよう、脳年齢や血管年齢が自己測定できるよう13種類の機器をそろえました。身近な健康相談に応じる健康コンシェルジュも配置しています。ベジタベライフの取り組みにも重なる「具だくさんみそ汁教室」の開催などもあります。
今後さらに、小学校の統廃合に伴う跡地活用として、サッカーやフットサルなどができるスポーツ施設の整備を進めます。周囲は歩道を拡張し、ペットとの散歩など、自ずと歩きまわりたくなるまちづくりの視点も入れています。これからも、住んでいるだけで健康になれるまちづくりを、区をあげて進めていきたいと思っています。